以下の記事は 2026年2月20日にYahoo!ニュースでも紹介された記事です。内容は取材当時のものとなっていますのでご注意ください。
昭和の横浜港で、荷物の輸送や保管に多く使われていた、平底の小型船舶である艀(はしけ)。令和のいま、横浜港で活動する劇団「横浜ボートシアター」は、艀を改造した「船劇場」が舞台を兼ねた拠点です。時代を渡ってきた港の記憶と、表現者たちの想いを船に乗せ、横浜の風景とともに舞台芸術が発信されています。
船劇場では、港という場所が刻んできた時間そのものを舞台に、独自の創作となるワークショップ・公演・イベントが開催。今回は一般の人も参加できる、短編仮面劇の創作ワークショップを見学させてもらいました。
ワークショップは船劇場も作品の一部

ここはまるで胎内のよう――。
それが、筆者が初めて船劇場に足を踏み入れ、ワークショップを見学した率直な感想です。
海に浮かぶ船劇場は住所という概念が存在せず、船劇場が開放される時はスタッフに導かれて辿り着ける場所となっています。

人間界に存在しながら、誰にも知られることなく外から遮断されたように守られた空間。
時に海上ゆえに聞こえてくる、波の揺れがもたらす非日常的な音。
そこで人と人が出会い、まだ名前をもたない命のような未知なるアートが育まれていく、神聖な場所――。

海に浮遊している船劇場を俯瞰するようイメージしてみると、海面は重力さえも優しく包み込む“羊水”のような存在にも思えてきたのです。
明かりはあるものの、窓からの自然光は床まで届かない。淡い光に包まれた船劇場の中で、そんな感想を抱きました。

横浜ボートシアターでは、劇団創立以来、主として仮面を用いた演劇を追求しています。「自分でも人間でもないなにかになって、人間を超えた表現ができる」と、まだ木造の艀を舞台としていた頃から演技レッスンのために使用していた仮面。

横浜ボートシアター代表の吉岡紗矢さんはこう語ります。
「人間の中にはいろいろな要素を持つ“仮面”が存在すると思っています。野蛮な獣も、静かな賢者も、臆病な子どもも住んでいる。
社会生活の中では、その多くを覆い隠して、ひとつの仮面だけをつけて生活しているのではないでしょうか。仮面劇の創作ワークショップは、仮面を通して自分の内側にいるいくつかの仮面を引き出して、体験してもらうことができます」

仮面を少しだけ装着させてもらいましたが、自分の顔が人に見られていないことに、不思議な安心感が湧きました。視界が狭くなることで、外の世界よりも内側の感覚が強まり、ふと、これなら別人になりきれるのではないかという感覚が芽生えます。
単に隠すのではなく、輪郭がほどけて一時的に別人になることで、もうひとりの自分に出会うことができそうです。

即興劇というと、初めてでは難しそうな感覚がありましたが、ワークショップはワンシーンを切り抜くというイメージで、オチがなくても問題ないのです。ストーリーというよりもキャラクターになりきることに没頭できる瞬間になっています。

横浜ボートシアターでは、演劇だけにとどまらず、それぞれが得意分野を持ち寄ってアートが生まれるのも面白いところ。たとえば船劇場まで案内していただいた奥本聡さんは、中国武術を学習し、舞台に取り入れていることもあるのだとか。

またワークショップに台詞は存在しませんでしたが、打楽器や笛などの音が入ります。

アンクロンやジャンベといった伝統楽器だけでなく、たとえば音楽を担当される松本利洋さんが作られた、桶を改造した自作のオリジナル楽器などが入ることも。

風雨・潮・気温・外音など自然や環境の影響をダイレクトに受け、常に風化が進む船劇場。いわゆる“コスパが悪い”舞台でありながら、「その不自由さが、創作に力強さを与えてくれるカオスを生み出しているように思う」と奥本さんは語ります。

「船劇場や劇団作品をめぐるみなさまの体験のひとつひとつこそが、船劇場の価値であり、劇団の価値。そしてその価値こそが、船劇場の維持・存続にとって非常に重要」と松本さん。

ワークショップは経験不問。隔週で「言葉の語り表現」を実践的に学ぶ、語りのワークショップも開催されています。詳しくは記事最後で案内している公式サイトをご覧ください。

横浜の歴史も伝える「船劇場」
かつては横浜の風景であり、生活の一部であったという“艀”。水上で生活していた人たちの住居として、またブティックやギャラリーとしても港町の水面に息づいていました。
それがいつしか劇場という形でも存在するようになり、1981年には元町の横を流れる中村川の艀(木造ダルマ船)で、脚本・演出家の遠藤啄郎氏を中心に旗揚げがされたとのこと。

「高級感溢れる横浜のトレンドの発信地である元町商店街のすぐ裏手に浮かぶボロ船は、当時随分怪しまれたよう」と吉岡さん。
その頃は浸水して船が沈むと、自分たちで水に潜って引き揚げることも度々あったのだとか。
その後、劇団はヒット作を次々と打ち出し、かの“ボロ船”に東京からも人が押し寄せ、横浜ボートシアターが、「横浜に演劇を根付かせる役割を担った一団体」と評価されるまでになりました。

過去に使用していた木造船2隻は沈船し、現在の船劇場となる艀は鉄製。専門家の意見を仰ぎながら、ボランティアと劇団員で修繕などを行ってきました。(詳細は公式サイト「船劇場の歴史」)をご覧ください)

演者としてだけでなく、企画、運営、脚本、演出に携わる吉岡さんは、こう語ります。「横浜港の主役でもあった艀は、時代の流れとともに姿を消しつつあります。活動を通して“横浜らしさ”も広めていきたい」
一時は修繕費などの問題で、手放すことも検討せざるを得なかった船劇場。横浜ボートシアターは、横浜の歴史も映し出された唯一無二の存在として地域に根差しています。

「将来的には船劇場のみならず複数の艀をダンスシアター、ライブハウス、映画館、ギャラリー、レストランなどに改造し、総合的にアートを楽しめる拠点を形成していく事業計画に繋げていくことを目指しています」ということ。

「オープンにするには難しいけれども、いろいろな人に知ってもらって、さまざまな形で使ってほしい。演劇仲間だけでなく、船仲間を増やして大切にしていきたい」と横浜ボートシアターのみなさんはお話ししてくれました。

「どこでもない場所」で「誰でもない自分」になる稀有な異世界体験――。
興味がある方は、ぜひ公演・イベント・ワークショップに参加してみては。
横浜ボートシアター
公式サイト:横浜ボートシアター
公式Instagram:ybt1981
公式Youtubeチャンネル:横浜ボートシアター
アクセス:みなとみらい線「元町・中華街駅」から歩いて15分ほど
※場所がわかりにくいため、公演・ワークショップ・イベントなど船劇場への移動は、駅から案内スタッフが誘導します。
短編仮面劇の創作ワークショップ
隔週土曜日
時間:14:00〜17:00
参加費:一回2000円
語りのワークショップ
隔週土曜日
時間:14:00〜17:00
参加費:一回2500円(新規の方はテキスト代500円を頂戴します)
各ワークショップの詳細・予約はこちらをご覧ください。